恐怖で震えながら通報、命と心を助けてくれたことへの感謝。

2012年の夏、当時住んでいた自宅に警察を呼びました。

私は、21歳で、当時はまだ結婚していました。
当時夫だった人物は、気に入らないことがあると暴力に頼る男だったので、殴られたりすることは度々ありました。

その日、彼は酒に酔っていて、暴力はいつもよりも激しいものになりました。
私は娘をクロゼットの中に入れて見せないようにしながら、必死で泣いて謝りました。
悪いことをした覚えはなかったのですが、どうにか怒りを抑えてほしかったのです。

殴られ、蹴られ、という時間が続いた後で、彼はようやく私から離れました。
安堵したのも束の間、台所から出てきた彼は包丁を持っていました。

刺される、殺される、と怖くなって、クロゼットから娘を出して抱き抱えて、靴も履かずに慌てて玄関から逃げ出しました。

近くにあるトラックの駐車場で、大型トラックの影に隠れながら警察を呼びました。

「夫に殴られました。包丁を持っているから殺されるかもしれません。」
と告げると、警察の方は、今どこにいるのか、怪我の程度はどれくらいなのか、救急車は必要かを尋ねてきました。
しかし、殺される恐怖で「とにかく来て!はやく!」と泣く私に、落ち着くよう言ってくださり、すぐに向かいます、とお返事をくれました。

10分もしないうちに、パトカーが3台きました。

私は娘を抱いたまま、1台に乗せられました。路肩に停めたパトカーの中で、まず落ち着くよう言われました。
助かった、という気持ちで、ぼろぼろと涙が止まりませんでした。

警察の方は、泣き止むのを待ってから、
「ごめんね、嫌だろうけど、写真だけ撮らせてね」
と、怪我の程度が分かる写真を撮影しました。

唇は切れていたし、瞼は開かないくらい腫れていたし、散々な顔だったと思います。

あと2台のパトカーできた警察の方は、自宅に入って、夫を諭してくれていたようでした。

「もう、旦那さんは落ち着いたみたいで、反省してるよ。赤ちゃんを連れて走ったりして疲れてるんじゃないか、怪我が痛いんじゃないかって、あなたを心配してる」と、伝えられました。

娘もいましたし、お姑さんたちの顔が浮かんで、被害届は出しませんでした。

翌日、DVの対策などを担当しているという婦警さんから連絡があり、何かあったらすぐに電話してほしいと言われました。
その後も、半月に1度くらいのペースで電話を頂きました。

気にかけて頂いているだけで、安心感がありました。

夫は、警察を呼ぶようなことをしてしまった、と深く反省していたようですが、当時のことが怖くて、結局離婚しました。

警察というのは、呼ぶだけでも、だいぶ変化が起こるものなんだな、と思いました。

また、パトカーの中でも、後日頂いた電話でも、私を安心させようと配慮してくれているのがとても伝わりました。
娘は今でもうっすら、警察のおじちゃんが抱っこしてくれた、と当時のことを覚えているようです。

来てくれなかったら私は死んでいたかもしれない、と思うと今でもゾッとします。

4年経った今でも、あの日の恐怖とともに、お世話になった警察の方や婦警さんの声を思い出し、感謝の念が絶えません。